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2002 年 8 月第 28 号

言語を教えるだけで十分?

タイ商工会議所大学
櫛田佳子

日本語教師は言語だけ教えていればよいのでしょうか。そして、日本語学習者達が日本人とビジネスをしたり、日本人とともに働いたり、日本人とうまくつきあっていくために必要なのは言語能力だけでしょうか。

人間のすべての社会・文化行動は下記のような構造になっています。(「異文化理解のストラテジー50の文化的トピックを視点にして一」より引用、一部櫛田が修正)

「実質行動」というのは聞き慣れないことばですが、「コミュニケーション行動」以外の人間のあらゆる行動を指します。異文化間でトラブルが起こった場合、原因はコミュニケーション行動にあると思われがちですが、実質行動に原因がある場合もあります。そこで、今回と次回の2回に渡って、コミュニケーション行動に原因のある異文化間のトラブルと実質行動に原因のある異文化間のトラブルについて考えてみたいと思います。

コミュニケーション行動は言語行動と言語外行動に分かれますが、言語行動に問題があって誤解されたり、トラブルが起こったりするのは、次のような場合です。

a 文法が間違っていて、誤解される

(例1)タイ人が日本人に「子供にケーキを食べられました。」と言ったが、本当は子供にケーキを食べさせた。

(例2)日本人がタイ人に「カオ・ディージャイ」と言いたかったのに「カオ・ジャイ・ディー」と言ってしまった。

b 語彙を間違えて、誤解される

(例1)タイ人がすりにさいふをすられた。日本人にさいふはどこに入れてあったか聞かれ、「カバンの中」と答えた。しかし、本当は「ポケットの中」に入れてあった。

(例2)日本人がタイ人の友達の携帯電話を借りて電話をかけたいと思い、「コー・ユーム・トーラサップ・ノイ・カ」と言ったら、「ジャ・クーン・ムアライ・カ」と聞かれた。今すぐ借りて、1回だけかけ、すぐ返すつもりなら「コー・チャイ・トーラサップ・ノイ・カ」と言うべきであった。

c 発音が悪くて、通じない

(例1)日本へ行ったタイ人観光客が「お手洗いはどこですか。」と言ったつもりなのに日本人の耳には「おてら(い)」としか聞こえなかったため、「お寺」と誤解され、「この近くにはありません。」と言われた。

(例2)バンコクの店で日本人が「カオパッ・ガイ」(鶏肉入り)を注文したが、「カオパッ・カイ」(卵入り)が来た。

上記のような問題は言語能力を高めることで解決できますが、タイの日本語教育の現場ではこのような問題に対処できるような教育は既に行われていると思います。

d 言語使用の適切さのルール

(例1)タイ人が会社の面接で日本人に両親のことを尋ねられた時に「お父さん、お母さん」と言うとどういう印象をあたえるか。タイ語のわかる日本人なら「クン・ポー」「クン・メー」というタイ語の影響によるミスと理解し、寛容に受け止めるかもしれないが、タイ語を知らない日本人にはこの程度の敬語も使えないのかと低く評価されたり、話し方が幼稚だと誤解されてしまったりする恐れがある。

(例2)日本人上司がタイ人部下に豪華な日本料理のタ食をごちそうした。翌朝、タイ人部下は前日のお礼をいわなかった。日本人上司はお礼のことばを期待していたので、タイ人部下のことを無礼な人と誤解した。

e 非言語的伝達手段のルール

(例1)タイ人が日本人に謝る時、微笑みながら謝った。日本人はタイ人の微笑みを見て、反省の色が見えない口先だけの謝罪と誤解した。

(例2)日本人とタイ人が待ち合わせをして、日本人が遅れてしまった。待ち合わせ場所に着いた日本人が合掌しながら「ごめんね」と言ったので、タイ人はワイをかえした。日本人は変な感じがした。

f 伝達方略

タイ人が旅行に行き、日本人のためにタイのおかしをおみやげに買ってきた。日本人の部屋に言ったら留守だったので、タイ人は机の上におかしを置いた。部屋に戻ってきた日本人はメモがないのでだれが置いたかわからない。だれがくれたか気になって、周りの人に聞いたが、だれも知らなかった。すぐ食べる気になれず、しばらくそのままにして置いた。さらに時間がたっても誰がくれたかわからないままだったが、日本人はおかしを食べた。お礼を言いたいが誰に言ったらいいかわからない。それで気持ちがすっきりしない。日本人は心のなかでつぶやく。 「メモを置いてくれればいいのに・・・。」

最後に実質行動の問題例を一つ挙げておきましょう。

日本人がタイ人の結婚披露宴に招待された。日本人はタイ・シルクで作ったお気に入りの紫のワンピースを着て出席した。(紫はタイでは未亡人の色なので、結婚式にはタブー)披露宴がいつとはなしに始まり、五月雨式にお開きになったので、「新しい人生の門出」というおごそかな雰囲気が全然なく、日本人は物足りなさを感じた。(日本の結婚披露宴は全員が着席した後、「始めのあいさつ」で始まり、「終わりのあいさつ」の後、全員が一斉に会場を出る。)

教室の外では日本語が全く使われていないという環境で日本語を学んでいるタイの学習者達は、日本人同士のコミュニケーションを直接観察したり、日本人とのインターアクションを経験したりする機会が非常に少ないのです。従って、日本語教育の現場で日本人の言語外行動や実質行動を意識的かつ積極的に取り扱わないかぎり、学習者達は日本語による適切な社会・文化行動がとれるようにはならないのです。

さらに言語能力が高いのに言語外行動や実質行動が日本人の許容範囲を逸脱している場合、学習者の母国では問題がないと見られる行為が日本人に誤解されたり、日本人を怒らせたり、戸惑わせたり、日本人の外国人への評価を不当に低めたりする危険があるというとも日本語教師は学習者達に十分教えておくべきではないでしょうか。