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2003年2月 第29号

日本語能力試験障害者受験特別措置について

1984年に始まった日本語能力試験は日本語を母語としない日本語学習者を対象に、日本語能力を測定し認定することを目的として開始された試験です。2002年12月1日(日)に行われた試験にはタイ全国で5,679名の人が受験しました。ところで、皆さんはこの日本語能力試験に身体等に障害をもつ日本語学習者に対して、その障害の種類や程度に応じて特別な措置を行う「障害者受験特別措置」があることをご存知でしょうか?今回はこの特別措置について、実施に至った経緯と現状をご紹介いたします。

1.障害者受験特別措置実施からガイドライン作成まで

1994 年、ブラジルの実施機関より「脳性麻痺による運動障害を持つ受験者のため、介添人の同室を認めて欲しい」との依頼がありました。これが障害者受験者に対する特別措置要請の最初の事例です。続いて 1995 年、オーストラリアの実施機関より聴覚障害者の受験に際し、「読話」(唇の動きを読み取る方法)による受験措置の依頼要請がありました。

受験後の特別措置に対する受験者およびその日本語教育指導者からの評価は高く、「学習の励ましとなった、継続的な日本語学習に対し強い動機づけとなった」という反応がありました。 

これらの経験によって、受験者の障害の種類や程度に応じて適切な措置を検討し、準備にあたる必要があることがわかってきました。また、1998年には、特別措置要請が国内、国外とも10件をこえ、一定の対応指針の必要性が強く認識されるようになりました。そこで、これまで障害の内容によって個別に委嘱していた専門家に、新たに数名の専門家を加えた、受験特別措置検討部会が設置され、障害者受験対応に関する「受験特別措置対応ガイドライン(以下、ガイドライン)」策定が始まることになったのです。

(障害者受験特別措置案件数)

2. 受験特別措置対応ガイドライン策定上の問題点 と具体的な措置

まず、受験者に対して適切な対応を行う上で、障害の種類や程度をどのように判断するかが大きな問題でした。障害の程度を把握する目的から、診断書の提出を求めたこともありましたが、経済的に大きな負担を伴う場合や、障害者の状況によっては身体的、心理的な負担となることもあり、それを理由に受験を躊躇することも懸念されました。また、障害の程度は国によって記述の仕方が異なることから、実際どの程度の障害であるのか判断に迷う場合が多かったのです。

そこで、日本語能力試験の特別措置においては「ガイドライン」の策定後、受験者が所属校で適用されている特別措置があれば、それに相当する措置を講じることで、現実的かつ一貫した対応となるよう心掛けました。結論として、受験者からの要望については、受験者と普段接している日本語教育指導者やケースワーカー等からのサポートレターに基づいて判断することにしたのです。

受験者の状況は個人差が大きく、措置内容については個別の情報を参考にして、専門家の助言を基に決定することになりました。ですから、同じ障害を持つ人であっても、措置内容が異なることもあります。

(ガイドラインに沿った特別措置)

3. 受験と特別措置希望受験者の増加と海外受験者の特色

海外において特別措置を希望する受験者は年々増加しています。この背景には日本語能力試験が身体等に障害を持つ受験者に対しても、柔軟に対応していることが広く知られるようになってきた点や継続的な学習者が増加してきていることがあげられます。さらに大きな要因として、海外で日本語を学ぶ身体障害者そのものの数が増えているのではないかと考えることができます。

障害者受験者を日本国内と海外に分けて、その級別分布を見ると、国内は1、2級の上位級に集中しています。これは、日本国内受験では日本の高等教育機関への進学を目的に日本語能力試験を受験している場合が多いことに関係していると推測できます。これに対し、海外の場合は4級から1級までの各級に分散しています。海外の障害者受験者の場合は、受験目的が必ずしも一様ではありません。受験者は3、4級の下位級が多いこと、数年かけてより上位の級をめざす人もいることなどを考え合わせると、そこには日本語学習を自己の可能性を切り開く分野として捉えている人も存在することがうかがえます。 もしそうだとすれば、「障害者の日本語能力試験への参加」という現象は、障害者に対する受験機会の提供という社会的意味や、学習者の多様化という点だけで捉えられるものではなく、なぜ障害者である学習者が、それも日本語環境が存在しない海外で、日本語学習に取り組むのかということについて再考しなければならないでしょう。また、この現象は試験によって日本語能力を認定されることが、日本語学習者個人にとってどのような意味をもつのかということを、学習や学習権といった文脈において捉えなおすことへの示唆を与え、かつ強く促すものであるといえるのではないでしょうか。

4. 今後の課題

特別措置対応を希望する障害者受験者が多様化する中で、どこまで個別に対応できるかという問題については、今後も引き続き各実施機関との協議が必要です。

また現在認められている「点字」受験や、現在は実施していませんが、聴覚障害者の受験で常に話題に上る「手話」、「読話」、「字幕」によるコミュニケーション能力を日本語能力試験が測定すべき「日本語能力」のどこに位置づけるべきなのか、という問題も捉えなおさなければなりません。

一方、海外で障害者が日本語を学ぶ目的やニーズはどこにあるのかという点を明らかにするためには、海外の障害者教育機関などを中心に、さらに包括的な調査が必要であると考えています。

(この記事は、上田和子(2003)「日本語能力試験における障害者受験特別措置対応の現状と課題」『日本語国際センター紀要13号』を元に編集したものです。)